少子高齢化や女性の社会進出が進む中で、日本の保育市場は大きな変革期にあります。保育施設の数は増加しているものの、保育士の人材不足や地域間での保育サービスの差など、さまざまな課題が浮き彫りになっています。
また、共働き家庭の増加に伴い、保育サービスのニーズも多様化しているため、日本の保育市場は一層の成長が見込まれている一方で、克服すべき課題も多いです。そこで、本記事では、日本の保育市場規模や直面している課題について、詳しく解説していきます。
日本の保育市場の現状と需要の変化とは?
日本の保育市場は、少子化や地域差などの影響を受けながらも、多様な保育ニーズを抱えている現状です。2024年時点で減少傾向にはあるものの待機児童問題は残っており、特に共働き世帯やひとり親家庭の増加によって、日本国内の保育需要は依然として高い水準を維持しています。
以下では、保育需要の変化と実際の保育施設の利用状況について解説していきます。
少子化の進行と保育需要の変化
日本の出生率の低下は、保育市場に大きな影響を与えています。少子化が進む一方で、共働き世帯の増加による保育需要は引き続き高い水準を保っています。
一方で、2023年には待機児童数が2,680人に減少し、これは過去最少の水準であり、待機児童問題の改善が見られました。しかし、保育ニーズの多様化により、保育施設に求められる条件も変わりつつあります。
特に地方の保育施設では定員割れが顕著になっており、今後は都市部においても待機児童の解消に伴い、同様の現象が懸念されるでしょう。
参考:令和5年4月の待機児童数調査のポイント|こども家庭庁
地域特性や保護者のニーズに応えることが求められる
日本全体の待機児童が減少傾向にあると言っても、地域ごとに保育需要の差があります。例えば、都市部では待機児童が多く、依然として多くの自治体で定員が充足していますが、地方では保育施設の利用率が低く、定員割れが問題となる地域もあります。
また、保育施設の形態も多様化しており、従来の保育園や認定こども園に加えて、家庭的保育や企業主導型保育へのニーズも高まっているのです。こうした多様なニーズに応えるため、地域特性に応じた取り組みが保育事業者には求められます。
しかし、少子化に伴い今後は保育サービスの供給が需要を上回ることが予測され、施設ごとの特色や柔軟なサービス提供が一層重要になってくるでしょう。このように、日本の保育市場は少子化や地域差などの社会的要因に影響を受けつつ変化を続けており、保育事業者には、地域特性や保護者の多様なニーズに柔軟に対応する力が求められています。
市場規模と将来の保育ニーズ予測
日本の保育市場は、共働き家庭の増加や女性の就業率上昇を背景に、今後も一定の需要が見込まれます。しかし、少子化が市場の成長を抑制する要因となっています。
2024年の保育市場は、依然としてセンター型保育施設が主流を占めますが、家庭型保育や企業主導型保育といった多様な形態が支持を得ており、市場のセグメンテーションが進行しています。
ここでは、日本の保育市場の動向と地域による保育ニーズについて解説していきます。
日本の保育市場の動向とは?
保育市場の成長は、保育ニーズの多様化と連動しています。2025年には利用児童数がピークに達する見込みで、その後は労働人口の変化や地域の人口動態の影響を受けると予想されます。特に、働く女性の増加に伴い、フルタイム保育への需要は依然として高いままです。しかし、多くの家庭が柔軟な保育オプションを求めており、短時間保育や在宅保育など多様な保育サービスのニーズが今後増加する可能性があります。
また、少子化が進行しているため、保育施設の利用需要が地域によっては減少する見通しもあります。このため、施設側は従来の施設型保育だけでなく、家庭的な環境を提供する在宅保育など、柔軟な保育形式の提供を検討する必要があるでしょう。
都道府県ごとに保育ニーズは異なる
都道府県ごとに保育ニーズには大きな差が見られます。都市部では依然として待機児童問題が懸念されています。例えば、東京都や大阪府などの都市圏では、2024年時点で保育施設の利用希望者数が供給を上回り、待機児童数は減少傾向にあるものの、解消には至っていません。
一方、地方都市や過疎地域では、少子化に伴う保育ニーズの減少により定員割れが発生し、施設の統廃合が進んでいます。このように地域ごとの保育ニーズの違いは、地方自治体の保育施策にも影響を及ぼしています。
特に人口減少が顕著な地域では、保育施設の多機能化や統廃合が進行しており、地域ごとの支援制度や助成金の内容も異なるため、施設運営に柔軟な対応が求められています。今後も地域の特性に応じたサービスの提供が重要であり、人口減少地域では家庭的な保育など、保護者のニーズに合わせた柔軟な保育形態の導入が必要となるでしょう。
保育事業者の課題と新たなビジネスチャンス
日本の保育事業者は、少子化の進行や地域ごとの保育需要の違いに加え、人材不足といった複合的な課題に直面しています。特に、保育士の確保が難しく、施設の運営において質の維持が大きな課題です。
一方で、企業主導型保育施設の需要が拡大しており、企業内での保育ニーズに応じた施設が増加しています。これらの施設は、企業が運営費の一部を負担することで保護者の負担を軽減し、待機児童問題の緩和に貢献する可能性があるでしょう。
ここでは、保育業界における課題から新たな保育施設の可能性について解説していきます。
保育士不足と人材確保の課題
引用:図表1-2-62 保育士として就業した者が退職した理由(複数回答)
日本の保育業界では、保育士不足が慢性的な問題となっています。主な要因としては、給与の低さ、労働環境の厳しさ、人間関係の問題が挙げられます。特に、保育士の平均年収は他の業種と比較しても低い水準にあり、長時間労働や責任の重さも相まって、離職率が高くなっています。
また、過重労働とストレスが原因で資格保有者が職場に戻らない「潜在保育士」も多く、彼らを再雇用するための支援が増加しているものの、依然として供給が需要に追いついていない現状があります。
政府は賃金改善策として、経験年数や役職に応じた手当を支給する「処遇改善等加算制度」を導入し、保育士の収入向上を図っています。また、自治体ごとに給与引き上げや研修の充実、職場環境改善の取り組みも進められています。しかしながら、これらの支援はまだ不十分で、特に人間関係の問題や過酷な労働環境が退職理由の上位を占めており、さらなる改善が求められています。
保育士不足は、待機児童問題や子育て世帯の就労継続にも影響を与えているため、今後は労働環境の大幅な見直しや、地域ごとに適した人材確保策が重要です。
企業主導型保育と地域密着型保育の役割と将来性
企業主導型保育施設は、従業員向けに設置される保育施設で、待機児童の解消と労働者の育児支援を目的に発足しました。このモデルは、特に大都市圏での共働き世帯に対するサポートとして、企業にとっても有益なツールとされており、柔軟な働き方の支援に貢献しています。
特に企業主導型保育では、企業が運営するため、運営費の助成や規制の少ない点で魅力的ですが、保育士の確保や運営基準の確保においては課題が残ります。一方、地域密着型の保育施設は、地域ごとの特性に合わせた保育サービスを提供し、地方都市や過疎地域での保育需要に対応する役割を担っています。
小規模保育や家庭的保育のような形態は、地域住民のニーズに寄り添いながら、柔軟性と家庭的な環境を提供することが可能です。こうした施設は地域住民とのつながりを深め、地元の文化やニーズを反映した保育プログラムが支持されるケースが多いです。
このように保育事業者は、これらの異なるモデルの特性を活かしながら、保育士不足への対応や地域ごとのニーズに柔軟に対応することが求められます。企業主導型保育と地域密着型保育の双方を組み合わせることで、都市部でも地方でも、持続可能で質の高い保育環境を提供できる可能性が広がるでしょう。
今後の保育業界は持続可能な運営戦略が重要
日本の保育業界は少子化の進行により、今後の持続可能な運営に向けた新たな戦略が必要とされています。人口減少が続く中で、保育施設の効率的な経営が求められ、地域のニーズに応じた柔軟なサービス提供が重要となっています。
特に、都市部での待機児童の解消や、地方での定員割れ問題など、地域ごとに異なる課題に対応するため、自治体や保育事業者が協力して柔軟な対応を図ることが不可欠です。ここでは、保育施設の統廃合などの必要性から柔軟なサービス提供の重要性について解説していきます。
保育施設の統廃合と経営効率化の必要性
日本の保育業界は、少子化の影響で地方を中心に保育施設の利用率が低下し、経営効率化のために統廃合が進んでいます。特に地方では、子どもの数が減少し続け、余剰な定員を抱える施設が増加しているため、施設の縮小や再編成が避けられません。
一方で、都市部では保育需要が依然として高く、完全な待機児童問題の解消には至っていないのも事実です。こうした地域差に対応するため、地方では小規模化と多機能化を進めつつ、都市部では認定こども園などの増設が求められています。
また、過疎化が進む地域では、保育施設の空きスペースを活用して子育て支援拠点として再利用するなどの取り組みも行われています。このように、地域の特性に応じた柔軟な対応が、今後の経営安定化と地域資源の有効活用が保育事業者の大きな課題となっていくでしょう。
柔軟な保育サービスの提供も必要になる
少子化に伴い、日本の保育業界では多機能化と異年齢保育の導入が進められています。多機能保育施設は、一つの施設で延長保育や一時預かり、障害児保育など多様なサービスを提供することで、保護者の多様なニーズに応えられる点が特徴です。これにより、施設の稼働率が向上し、効率的な保育資源の活用が可能になります。
異年齢保育では、年齢の異なる子どもが一緒に活動することで、年下の子は年上の子を手本にしながら成長し、年上の子はリーダーシップや責任感を育むといった相互作用が期待されます。また、異なる年齢層の子どもと触れ合うことで、早期の社会性やコミュニケーション能力の向上が見込まれています。
少子化が進む地域では、こうした柔軟な保育サービスの提供が、地域の保育需要に応じた運営と維持に役立つとされ、政府も施設の改修費や設備費用の支援を通じて多機能化を推進しています。今後、保育業界が持続可能な運営を目指すためには、地域特性に合わせた柔軟なサービス展開がますます重要になるでしょう。
海外の保育制度と日本への応用
海外の保育制度には、異なる文化や価値観が反映されており、日本の保育に新たな視点を提供する重要な示唆が含まれています。特にニュージーランドやスコットランドは、子ども中心の教育方針や柔軟な保育アプローチで知られており、日本でも取り入れ可能な要素が多く見られます。
ここでは、ニュージーランドやスコットランドの保育施設を例に海外の保育制度について紹介します。
ニュージーランドの幼児教育「テファリキ(Te Whāriki)」とは?
ニュージーランドの「テファリキ(Te Whāriki)」カリキュラムは、幼児教育において子どもの個性と自主性を尊重するアプローチを取っています。このカリキュラムでは、学びが遊びの中で自然に身につくことを目指しており、個別の発達や興味に応じた教育が進められます。
子どもの成長は「ラーニングストーリー」と呼ばれる記録で評価され、標準的な試験や画一的な評価ではなく、個々の学びのプロセスが重視されます。また、テファリキは家族やコミュニティとの関係を大切にし、多様な文化背景を尊重することで、子どもたちが社会に貢献できるように育つことを促しています。
参考:【ニュージーランド】ニュージーランド幼児教育のナショナルカリキュラム(Te Whāriki)の実際と課題 – 研究室
テファリキの4原則
- エンパワーメント:幼児教育カリキュラムは、子どもに学び成長する力を与えるものである。
- 全体的発達:幼児教育カリキュラムは、子どもが学び成長している全体的なあり方を反映するものである。
- 家族とコミュニティ:家族やコミュニティといった、より広い世界が、幼児教育カリキュラムにとって不可欠である。
- 関係性:子どもたちは、人々、場所、物との双方向の関係性を通じて学ぶ。
テファリキの5要素
- 心身の健康:子どもの健康及び幸福感が守られ、育まれること。
- 所属感:子どもたちやその家族が所属感を感じることができること。
- 貢献:学習の機会が平等であり、そして子どもたち一人一人の貢献が価値あるものとして認められること。
- コミュニケーション:自身の文化、他の文化の言語やシンボルが促され守られること。
- 探究:子どもは、環境の中で能動的な探究を通じて学ぶ。
スコットランドではインクルーシブ教育を推進している
スコットランドの保育制度では、インクルーシブ教育が重視されており、特に子どもの社会的・感情的な発達を支援するための包括的なアプローチが取られています。インクルーシブ教育とは、あらゆる子どもが、その特性や背景にかかわらず一緒に学び、成長することを目指す教育方針です。
このアプローチでは、障害や文化的背景、家庭環境の違いを持つ子どもも、同じ環境で学び、それぞれのニーズに応じた支援が提供されます。保育者は、保護者や地域社会と密接に連携し、子ども一人ひとりに合った柔軟な支援を行えるように大きな裁量を持って保育に取り組んでいます。
もちろん、日本の保育制度と海外の保育制度では状況も文化も異なりますが、国内での取り組みだけでなく海外での取り組みにも目を向けることで、今抱えている課題を解決する糸口が見つかることもあるでしょう。
まとめ
日本の保育市場は、少子化や地域差といった課題に直面しながらも、共働き世帯の増加によって一定の需要を維持しています。しかし、2025年には利用児童数がピークを迎え、保育事業者には経営効率化と柔軟な対応が求められます。
また、保育士不足の解消や多機能化の導入も重要な取り組みです。そのため、今後保育事業者には、以下のようなポイントを意識した対応が求められるでしょう。
- 経営効率化と人材確保の推進
- 柔軟で多様な保育サービスの提供
- 海外の施策の導入検討
これらの取り組みを視野に入れつつ、地域ごとの利用者状況や自治体との連携などを考慮しながら保育事業を展開していくことが大切になるでしょう。