『愛するということ』は、愛を感情ではなく学び続ける技術として捉える本です。子育てでは、子どもを所有せず、一人の人格として尊重する視点が重要になります。
「子どものためを思って」と言いながら、宿題に口を出しすぎたり、進路や交友関係にまで心配が及んでしまったり。そんなご自身の姿に、ふと違和感を覚えたことはないでしょうか。
それは、決して珍しいことではありません。子どもを大切に思うからこそ、心配になる。失敗してほしくないからこそ、先回りしたくなる。親の愛情は、いつも穏やかで整った形だけで出てくるわけではありません。
ただ、その「子どものため」という気持ちは、いつの間にか「子どもを思い通りにしたい」という支配に近づいてしまうことがあります。ここに、親子関係の難しさがあります。
エーリッヒ・フロムの名著『愛するということ』は、直接的な子育て本ではありません。しかし、そこで語られる「愛」の本質は、親子関係を見つめ直すうえで多くの示唆を与えてくれます。『愛するということ』の要点を子育ての視点から整理しながら、「愛」と「支配」の境界線、子どもを所有しない親子関係、過干渉を見直すための自己点検について考えていきます。
目次
「愛するということ」とは、どんな本?
『愛するということ』は、愛を単なる感情ではなく、学び、実践し、習練していくものとして論じたフロムの代表作です。
『愛するということ』は、エーリッヒ・フロムによる愛の思想書です。紀伊國屋書店の商品情報では、著者はエーリッヒ・フロム、訳者は鈴木晶、出版社は紀伊國屋書店と掲載されています。現在流通している版の情報は購入時期により異なる場合があるため、購入・引用の際は出版社や書店の最新情報を確認してください。
(参照:愛するということ|紀伊國屋書店)
原題は『The Art of Loving』です。英語の「art」は、単なる美術ではなく、技術・実践・習得される営みという意味を含みます。そのため、この本の中心には「愛は自然に湧き上がるだけの感情ではなく、学び、訓練し、実践していくもの」という考え方があります。
子育てに置き換えると、この視点はとても現実的です。親になった瞬間に、完璧な愛し方が身につくわけではありません。子どもと暮らす中で、自分の不安、怒り、焦り、期待、罪悪感に何度も出会いながら、親もまた愛し方を学んでいきます。
著者フロムはどんな人物か
エーリッヒ・フロムは、20世紀を代表する精神分析学者・社会心理学者の一人として知られています。HarperCollinsの紹介でも、フロムは精神分析家であり社会哲学者として紹介され、『The Art of Loving』では愛が人生に与える影響について論じているとされています。
(参照:The Art of Loving|HarperCollins)
フロムの特徴は、愛をロマンティックな感情だけで語らなかった点にあります。愛を、人格や社会、人間の孤独、自由、自立と深く関わるものとして考えました。
そのため『愛するということ』は、恋愛論として読まれるだけでなく、親子関係、夫婦関係、仕事上の人間関係、自分自身との向き合い方を考える本としても読み継がれています。
フロムは「愛」をどう定義しているのか?
フロムにとって愛は、相手を所有することではなく、相手の成長と自由を支える能動的な態度です。
フロムは、愛を「好き」という感情や、相手を自分のものにしたい欲求とは別のものとして捉えています。重要なのは、相手を深く知ろうとし、配慮し、責任を持ち、尊重する姿勢です。
子育てに置き換えると、これはとても大切な問いになります。
親は子どもを心配します。子どもの未来を願います。困らないように助けたいと思います。しかし、その気持ちが強くなりすぎると、子どもの意思や選択を親の安心のために動かそうとしてしまうことがあります。
ここで分けて考えたいのが、「責任」と「支配」です。
- 責任とは、子どもの安全・健康・成長の土台を支えることです。
- 支配とは、子どもを親の不安や理想に合わせて動かそうとすることです。
この2つは、外から見ると似ていることがあります。たとえば「宿題をしなさい」という一言も、生活習慣を支えるための言葉にもなれば、親の不安を子どもに押しつける言葉にもなります。
同じ言葉でも、その背後にある姿勢によって、子どもへの届き方は変わります。
「与える愛」と「所有する愛」の違い
フロムの思想を子育てに引き寄せて考えると、親の関わりは大きく「与える愛」と「所有する愛」に分けて見直すことができます。
ここでいう「与える愛」とは、子どもを親の思い通りに動かすことではなく、子どもがその子らしく成長していくことを支える関わりです。一方で「所有する愛」は、子どもを親の安心、期待、理想のためにコントロールしようとする関わりです。
| 親の関わり | 与える愛に近い関わり | 所有する愛に近い関わり |
|---|---|---|
| 勉強への声かけ | 困っている部分を一緒に確認する | 親の不安から細かく管理する |
| 交友関係 | 相談できる関係をつくる | 親が友だち関係を選別しようとする |
| 進路 | 情報を示し、本人の考えを聞く | 親の理想に合う方向へ誘導する |
| 失敗への対応 | 小さな失敗を経験として支える | 失敗しそうな場面をすべて先回りして防ぐ |
もちろん、子どもの年齢や発達、家庭の状況によって必要な関わりは変わります。幼い子どもに大きな判断を丸投げすることは、尊重ではありません。安全や健康に関わる場面では、親がはっきり境界線を引く必要があります。
大切なのは、口を出す前に一度だけ考えることです。これは子どものためなのか、それとも自分の不安を減らすためなのか。
成熟した愛と、依存・共生的な結びつきの違い
フロムは、成熟した愛と、依存的・共生的な結びつきを区別して考えます。成熟した愛は、互いが一人の個として立ちながら結びつく関係です。一方で、依存や共生に近い関係では、相手と自分の境界が曖昧になりやすくなります。
親子関係では、この境界が特に難しくなります。子どもが小さいうちは、親が生活の多くを支えます。食事、睡眠、着替え、通園・通学、病気、安全確認。親が関わらなければならないことはたくさんあります。
しかし、子どもは少しずつ親から離れていきます。自分で選び、自分で失敗し、自分で考える経験を重ねていきます。
その過程は、親にとって寂しさや不安を伴うことがあります。それでも、子どもが親から精神的に自立していくことは、愛が薄れることではありません。むしろ、親の愛が子どもの中に土台として残り、子ども自身の力に変わっていく過程だと考えられます。
子育てにおける「愛」と「支配」は、なぜ混同されやすいのか?
親の愛と支配は、どちらも「子どもへの強い関心」から始まるため、日常の中で混同されやすくなります。
過干渉は、必ずしも冷たい親から生まれるものではありません。むしろ、子どもを大切に思う親ほど、過干渉に近づくことがあります。
「失敗してほしくない」「傷ついてほしくない」「将来苦労してほしくない」。どれも自然な親心です。しかし、その気持ちが強くなりすぎると、子どもの経験や選択を親が先に奪ってしまうことがあります。
子どもは、小さな失敗を通して学びます。自分で選んで、うまくいかなかった経験から、次はどうするかを考える力が育ちます。
もちろん、危険な場面まで見守ればよいという意味ではありません。命や健康、安全に関わることは、大人が止める必要があります。ただし、すべての失敗を親が取り除いてしまうと、子どもは自分で考える機会を失ってしまいます。
自分自身の過干渉体験
編集長コメント
子育てや家族支援の記事を編集していると、「親の愛情」と「親の不安」は、現実の家庭ではきれいに分けられないものだと感じます。
親は、子どものために動いているつもりでも、実は自分自身が不安に耐えられず、先回りしてしまうことがあります。これは一部の親だけの問題ではなく、情報が多く、比較もしやすい現代の子育て環境では、多くの保護者が直面しやすい構造だと思います。
大切なのは、「自分は過干渉な親だ」と責めることではありません。今の声かけが、子どもの成長を支えているのか、それとも親の不安を落ち着かせるためのものなのかを、時々立ち止まって見直すことです。
SNSや子育て情報サイトには、知育、習い事、進路、生活習慣、スマホ利用、友だち関係など、親が気になる情報があふれています。情報が増えることは助けにもなりますが、同時に「うちは大丈夫だろうか」という不安も増やします。
だからこそ、親が情報を受け取るときには、「この情報で子どもを管理する」のではなく、「この情報で子どもとの対話を増やす」という使い方を意識したいところです。
比較表:愛情深さと過干渉の境界線
愛情深さと過干渉の違いは、子どもを守るための関わりか、親の不安を減らすための関わりかで見えてきます。
| 行動の例 | 一見の動機 | 支配に近づく可能性 | 見直しの問い |
|---|---|---|---|
| 宿題を細かく確認する | 勉強で困ってほしくない | 親の不安から、子どもの試行錯誤を奪う | どこまで本人に任せられるか |
| 交友関係に口を出す | 悪い影響を受けてほしくない | 子どもの人間関係を親が管理する | 危険の兆候か、親の好みか |
| 進路を誘導する | 将来苦労してほしくない | 親の理想を子どもの人生に重ねる | 本人の希望を先に聞いたか |
| 失敗しそうな前に止める | 傷ついてほしくない | 小さな失敗から学ぶ機会を奪う | これは本当に危険な失敗か |
| 褒める方向を決める | 良い行動を増やしたい | 親の望む行動だけを評価する | 成果だけでなく過程を見ているか |
この表は、保護者を責めるためのものではありません。親が自分の関わり方を少し客観視するための道具です。
「これは支配だったかもしれない」と気づけることは、悪いことではありません。気づけた時点で、次の声かけを変える余地が生まれます。
子どもを「所有しない」親子関係とは、どういうものか?
子どもを所有しない親子関係とは、親が責任を放棄することではなく、安全を守りながら子どもの意思と人格を認めることです。
「子どもを所有しない」という言葉は、少し強く聞こえるかもしれません。しかし、親子関係を考えるうえで、とても大切な視点です。
親は子どもに最も近い存在です。だからこそ、子どもの成績、服装、話し方、友だち、将来まで、自分のことのように気になります。
しかし、子どもは親の作品ではありません。親の人生のやり直しでもありません。親の願いと子どもの人生は、重なる部分もありますが、完全には一致しません。
このズレを受け入れることが、子どもを所有しない親子関係の第一歩です。
こども家庭庁は、こども基本法について、こども施策の基本理念やこども大綱の策定、こども等の意見の反映などを定めていると説明しています。家庭内の子育てを法律だけで語ることはできませんが、「子どもの声を聞く」という考え方は、家庭でも大切にしたい視点です。
(参照:こども基本法|こども家庭庁)
また、外務省が掲載する「児童の権利に関する条約」第12条では、自己の意見を形成する能力のある児童が、自分に影響を及ぼすすべての事項について自由に意見を表明する権利を持つこと、その意見が年齢や成熟度に応じて相応に考慮されることが示されています。
(参照:児童の権利に関する条約 全文|外務省)
これは、子どもの言い分をすべて通すという意味ではありません。大切なのは、子どもに関わることについて、子どもの声を聞く姿勢を持つことです。
進路・交友関係への口出しをどう考えるか
進路や交友関係は、多くの保護者が口を出したくなる領域です。同時に、子どもの自律性が育つうえで重要な領域でもあります。
進路について、親が情報を集めることは大切です。選択肢を示すことも必要です。経済的な条件や通学距離、家庭の事情を伝えることも、親の責任です。
しかし、本人の気持ちを聞かないまま、親の希望だけで方向を決めてしまうと、子どもは自分の人生を自分で選ぶ感覚を持ちにくくなります。
交友関係についても同じです。いじめ、暴力、搾取、危険な行動の兆候がある場合は、大人が介入する必要があります。一方で、親の好みや価値観だけで友だち関係を細かく管理しすぎると、子どもは人間関係から学ぶ機会を失います。
口を出す前に、次の3つを確認してみてください。
- これは安全や健康に関わる問題か
- 子ども本人の気持ちを聞いたか
- 親の不安を減らすためだけの介入になっていないか
子どもを尊重することは、放任することではありません。親が境界線を持ちながら、子どもが選べる余白を残すことです。
過干渉になっていないか、自己点検するには?
過干渉を見直す第一歩は、自分を責めることではなく、日々の声かけが「子どものため」か「親の不安のため」かを分けて考えることです。
過干渉という言葉は、保護者にとって重く響く言葉です。「自分は子どもを苦しめているのではないか」「愛し方を間違えているのではないか」と感じてしまう方もいるかもしれません。
けれど、ここで必要なのは自己否定ではありません。大切なのは、今日の関わりを一つだけ見直せる状態に戻ることです。
親は完璧でなくてよいと思います。むしろ、完璧であろうとしすぎるほど、子どもにも完璧を求めやすくなります。
チェックリスト(無料DLシート)
次のチェックリストは、親の関わりが「愛」なのか「不安の解消」なのかを振り返るためのものです。当てはまる項目があること自体を、悪いことだと考える必要はありません。気になる項目を一つ選び、次の声かけを少し変えるきっかけにしてください。
- 子どもが自分で決められることまで、先に答えを出してしまうことがある
- 子どもの友人関係について、口を出したくなる衝動が強い
- 子どもが失敗しそうな場面を見ると、つい手や口を出してしまう
- 子どもの進路や将来について、自分の理想を重ねてしまうことがある
- 「心配だから」という言葉で、子どもの行動を制限することが多い
- 子どもの選択を聞く前に、自分の意見を先に伝えてしまうことがある
- 子どもが自分の手を離れていくことに、漠然とした不安を感じる
- 叱った後に、関係を修復する言葉をかけられていない
- 成果だけを褒め、過程や工夫を見落としていることがある
- 親自身が疲れすぎていて、言葉が強くなっていると感じる
このチェックリストは、点数化するためのものではありません。親子関係に優劣をつける道具でもありません。保存・印刷して、時々見返すための「立ち止まりのメモ」として使うのがおすすめです。
子どもに何かを言う前に、次の3つだけ確認してみてください。
- これは安全・健康に関わることか
- これは親の不安を減らすためだけの言葉ではないか
- 子どもに選ぶ余地を残せるか
この3つの問いは、親子関係をすぐに変える魔法ではありません。しかし、言葉が強くなりそうな瞬間に、一呼吸置く助けになります。
| 言いがちな言葉 | 言い換え例 |
|---|---|
| なんでできないの? | どこで困った? |
| 早くしなさい | あと何をしたら出られそう? |
| だから言ったでしょ | 次はどうしたらよさそう? |
| あなたのためなのに | 私は心配している。あなたはどう思う? |
| もう知らない | 少し落ち着いたら、また話そう |
| ちゃんとしなさい | 何をすればいいか一緒に確認しよう |
なお、強い怒りが抑えられない、体罰や暴言が止められない、子どもと一緒にいることがつらいと感じる場合は、読書や自己点検だけで抱え込まないでください。こども家庭庁は、児童のしつけに際して体罰を加えてはならないことが法定化され、令和2年4月に施行されたと説明しています。体罰や人格否定は、「愛」や「しつけ」という言葉で正当化できません。
(参照:体罰等によらない子育てのために|こども家庭庁)
親も支援につながってよい存在です。子どもを守るためには、親が孤立しないことも大切です。
よくある質問(FAQ)
『愛するということ』は子育て本ではありませんが、親の関わり方を見直すための深い補助線になります。
- Q1. 「愛するということ」はどんな本ですか?
- 精神分析学者・社会心理学者として知られるエーリッヒ・フロムが、愛を感情ではなく学び実践するものとして論じた本です。恋愛だけでなく、人間関係全般を考える思想書として読まれています。
- Q2. フロムは愛を才能ではなく技術だと言っていますが、どういう意味ですか?
- 愛は自然に湧き上がる気持ちだけではなく、配慮、責任、尊重、相手を知ろうとする努力を通じて育てていくものだという考え方です。
- Q3. 子育てに応用するとしたら、どこがポイントですか?
- 子どもを親の思い通りにする対象としてではなく、一人の人格として尊重し、その成長を支える姿勢がポイントです。
- Q4. 過干渉と「愛情深い」ことの違いは何ですか?
- 愛情深い関わりは、子どもの安全と成長を支えます。過干渉は、親の不安を減らすために子どもの選択や経験を奪う方向に働きやすい点が異なります。
- Q5. 子どもを「所有しない」とは具体的にどういうことですか?
- 子どもの意見や選択を、親の考えと違っていても一人の人格として受け止め、進路や交友関係を親の理想の実現手段にしないことです。
- Q6. 子どもを尊重することは、甘やかしや放任ではありませんか?
- 違います。尊重は、子どもの気持ちや意見を年齢や発達に応じて考慮することです。放任は、必要な保護や境界線を示さないことです。安全や健康に関わる場面では、大人が止める必要があります。
- Q7. 叱ることは愛と矛盾しますか?
- 叱ること自体が愛と矛盾するわけではありません。危険な行動や人を傷つける行動は止める必要があります。ただし、人格否定、暴言、体罰、恐怖で従わせる関わりは、愛として正当化できません。
- Q8. この本は何歳の子どもを持つ親に向いていますか?
- 本書自体は特定の年齢を対象にした育児書ではありません。そのため、乳幼児期から思春期以降まで、子どもとの距離感や関わり方を見直したい保護者にとって示唆があります。
『愛するということ』は、私たちに「愛は与えられるものを待つだけではなく、学び、実践していくものだ」という視点を与えてくれます。
子育てにおいても、心配や愛情が、いつの間にか支配や所有に変わっていないか、時々立ち止まって振り返ることには意味があります。
完璧な親である必要はありません。大切なのは、子どもを一人の人格として尊重し続けようとする姿勢です。
子どもを愛することは、子どもを思い通りにすることではありません。子どもが自分の人生を生きていくための土台を、少しずつ手渡していくことです。
たまごだるまでは、親を責めるためではなく、親子が少し楽になるために、こうした問いを大切にしていきたいと考えています。
